松翁院について

松翁院の成り立ち

松翁院

当山は浄土宗の寺院で、正式には壽榮山松翁院無量光寺といいます。
毎年十夜法要を修することから「十夜寺」とも呼ばれており、
室町時代後期の明応4年(1495)に梵蓮社行誉上人によって開山されました。
第3世本誉上人の代(16世紀後半)に里見義弘公の招聘により、現在地に移転しています。
その後江戸幕府によって、元禄の頃までに関東浄土宗を代表する名刹、千葉市生実の大巌寺の末寺とされ、その筆頭格となりました。

江戸時代の末、江戸湾の海防のため百首村に砲台と陣屋が設けられてからは、警備を担当した白河・会津・忍・岡山などの藩が当山を菩提所とするようになり、山門を入って左手の墓地には、赴任先の竹岡で亡くなった藩士とその家族、百名以上が眠っています。
とくに会津藩との関係は深く、慶應3年(1867)秋に火災で伽藍が消失した折には、
会津藩から江戸の藩邸を譲り受けて本堂を再建、平成6年まで大切に使われました。

釈迦涅槃図

釈迦涅槃図

当山には、菱川吉左衛門・師宣親子の作と伝えられる縫箔刺繍「釈迦涅槃図」一幅(県指定重要文化財)が
伝えられ、毎年2月15日の釈迦の命日に一般公開しています。
縦12尺4寸(363.6㎝)、横7尺6寸(242.4㎝)の大幅で、安房国保田(現鋸南町)にいた菱川吉左衛門が刺繍を施し、万治元年(1658)に完成したものです。
下絵は、吉左衛門の子で浮世絵師として名高い師宣が描いたと伝えられており、お釈迦様の死を嘆き悲しむ人々や動物たちの表情の描き方に、絵師の並々ならぬ技倆が示されているほか、沙羅双樹の後ろに見える川(尼蓮禅河)の波頭の描き方に師宣の特徴的な表現が見られるといいます。

その他文化財

境内には、岩野平左衛門の墓、四面石塔、庚申塔があり、いずれも富津市の文化財に指定されています。
岩野平左衛門の墓は参道の左手にあり、現在でも「岩平様」として信仰を集めており、月遅れの命日のお逮夜(前夜)に当る11月29日に慰霊祭が行われ、地域の方は新しい火除けのお札を求めて新年を迎えます。

岩野平左衛門の墓の裏手には、四面石塔という珍しい石塔があります。
寛文10年(1670)に建てられたもので、笠石を持ち、棹石の高さ155㎝、幅45㎝の角柱で、石塔の四面それぞれに「南無阿弥陀仏」の名号が、漢字・梵字・篆書・ハングルの4種の文字で刻まれています。
ハングルの書体は、現在韓国で使われているものとは異なる古い時代のもので、近年研究が盛んになり注目されるようになりました。

庚申塔は山門を入って左手にあり、60日に一度の庚申の夜、寝ている間に腹中の虫が天帝にその人の悪事を告げ口するので、
寝ずに過ごすという習慣(庚申待ち)がありました。
この庚申塔は、一緒に庚申待ちをする仲間達(庚申講)によって承応2年(1653)に建てられたもので、
富津市内に現存する最も古い庚申塔の一つです。

  • 岩野平左衛門の墓
  • 庚申塔(こうしんとう)
  • 庚申塔(こうしんとう)

寺院概要

寺院名 壽榮山 松翁院 無量光寺(じゅえいざん しょうおういん むりょうこうじ)
宗派 浄土宗
住職名 吉田 淳雄(よしだ じゅんゆう)
住所 〒299-1621
千葉県富津市竹岡349-1
TEL 0439-67-8354
電話受付時間 9:00~18:00

アクセスマップ

  • お車の場合

    館山自動車道「富津竹岡I.C」より
    車で5分

  • 高速バスを
    ご利用の場合

    東京駅八重洲口より高速バス
    「房総なのはな号」
    国道竹岡バス停で下車、徒歩2分

  • 鉄道をご利用の場合

    JR内房線「上総湊駅」より、
    高島別荘または東京湾フェリー行きの
    バスに乗車し十夜寺で下車、徒歩2分